大河氏は私の羊飼い

このブログはフィクションであり、実在する大河氏とその周辺人物にはいっさい関係がない。

大河氏、精進する

 

 

 

 

親譲りの無鉄砲で小供の頃から損ばかりしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大河氏は最近、難題に取り掛かっている。

 

 

 

 

 

 

 

大河氏は、薔薇色のキャンパス・ライフを求めて、昨年4月に混声合唱団「あおい」に入団した。

大河氏は入団時点で経験者ではないが、もともと歌うことが好きである。

 

 

 

入団してからいくつか気づいたことがある。

 

 

ひとつめは、合唱団への入団は薔薇色のキャンパス・ライフを保証しないことである。

煌びやかな女性陣とは対照的に、男性陣は常に奥手で外堀を埋めることに熱中する。石橋を叩いて破壊するものばかりである。そんな彼らにとって憧れの異性は常に高嶺の花であるに違いない。

 

ふたつめに気づいたことは、合唱団には特殊な性癖を持つものが多数在籍することである。この詳細は両性の尊厳にかかわる話だから割愛させていただく。

 

 

 

 

 

冒頭で話した難題とは、文字通りの難題である。

 

 

 

 

大河氏は2月から副学生指揮者という立場に置かれる運びとなった。大河氏の経歴から鑑みるとまったく意味不明である。「果たしてこんなに意味不明な人物に指揮者なんぞ務まるものなのか?」と日夜葛藤を重ねているが既に決まったことである。無鉄砲の賜物であるな、と痛感する。

 

 

 

 

 

 

大河氏は当然指揮法を練習しているわけだが、それが固い決意だけをもって上達するものではないことは自明である。

 

 

 

 

大河氏ら混声合唱団あおいの指揮者部隊は主に外部から指導者をお招きして指導を仰いでいる。指導にあたってくださる公爵氏(年齢不詳)は熱心に大河氏らに指揮法をご教示くださるが、大河氏はどうにも上達しない。

 

 

 

 

 

 

大河氏は公爵氏が話す内容を頭の中では理解している。だが、身体をもって実践することが難しい。

 

自分の動きを他人に見られることが妙に恥ずかしく、そのためうまくやらなければならないと意気込むと緊張してしまう。

 

緊張すると、まるで頭と身体が離ればなれになってしまったような感覚に襲われる。頭でイメージしている動きを腕に命令する神経回路がおかしなことになる。

 

一方、帰宅してからふと思い出してやってみると思い通りの動きができてしまうから不思議である。

 

 

尤も、如何なる状況下においても自分の実力を発揮しなければならないことはあらゆる世界においても同じであり、そうでなければ日頃の練習は意味をなさない。

 

 

指揮がうまく振れることはとても快感である。大河氏も、立派な指揮者でありたいと願う。そのためには、練習ですら思うように動かないようでは話になるまい。

 

 

 

技術も精神もさらに向上しなければならぬ。

 

 

 

 

 

 

 

excelsior! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤面症患者