大河氏は私の羊飼い

このブログはフィクションであり、実在する大河氏とその周辺人物にはいっさい関係がない。

大河氏ら、渋谷と対峙する 第1章

 

 

 

 

渋谷とはなんとも不思議な町である。原宿や秋葉原鶴巻温泉などと並んで若者中心の文化の拠点と言われるが、それゆえに文化の対象とならない者たちを徹底的に排除する傾向にある。

 

 

 

 

 

 

 

そして大河氏もまた、排除されるべき者の1人である。

 

 

 

 

 

 

大河氏は普段から学校、アルバイト、推しのイベントがあるとき以外は自宅の万年床で本を読んだり女性アイドルの動画を見たり菓子を食べたりしながら生活している。一見するとその暮らしは不摂生のように見えるが、大河氏にとってはとても充実しているのである。

 

 

そんな大河氏であるが、先日珍しく渋谷で遊ぼうと誘われた。誘ってきたのは大河氏と同じような気質をもつ左江内氏(19)である。大河氏はお相手が黒髪の乙女で無かったことを嘆くと同時に、猛烈に違和感を覚えた。「このぬらりひょんのような不吉な形相の2人があんなにキラキラした街に行って楽しいことが果たしてあろうか?」

 

 

 

 

 

 

当日は天気がよく、屋外で遊ぶにはちょうど良い気候であった。大河氏は渋谷に着き、ハチ公像に向かって心の中で挨拶をした。大河氏は推しのイベントで渋谷に来たことは数え切れないほどあるが、この日のように街自体を楽しむために来たことはない。左江内氏と落ち合うと、ハチ公像に心の中で別れを告げて道玄坂方面に向かった。左江内氏によれば、評判の高いイタリアンレストランがあるという。大河氏は夜に黒髪の乙女とともに道玄坂をのぼる妄想をしながら店を目指した。

 

 

 

 

そのイタリアンレストランに着き、恐る恐る入店し辺りを見回すと、なるほど確かに料理の美味そうな店である。老若男女の客ははいかにも上品然としていて、内壁にはかわいらしい花を植え付けられた花瓶や赤く静かに光るランプが取り付けられていた。大河氏は渋谷を感じたような気がした。大河氏はカレーを注文しようとしたが、「イタリアンの店でカレーを食うとは」と店員に小馬鹿にされると思ったので無難にランチセットを注文した。ランチセットが無難な選択肢であるということくらいは知っているのだと左江内氏に向かって胸を張った。左江内氏はカレーを注文し、「人目を気にしすぎて自分の好むところを曲げてはならない」と忠告した。

 

 

 

 

 

大河氏らは近くの机で食事をしていた2人組の若い女性のどちらが魅力的であるかを議論しながら食事を嗜んだ。美人を横目に口にする料理はより一層美味しく感じられた。

左江内氏のカレーは大層美味しそうであった。大河氏は一口だけ食べさせるようにせがんだが、左江内氏はそれを許さなかった。他人に簡単に何かを与えてしまうような男は信頼できない。大河氏は左江内氏の堅いガードに満足し、握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

食事を終え、次の行き先の検討を始めたが、それがなかなか決まらない。渋谷の街に詳しい者を呼べば良かったなと嘆いた。そこで左江内氏は唐突にこんなことを言い出した。

 

 

「タピオカを飲もう。渋谷は文化の中心であり、タピオカはその文化の中心である。今の我々に足りないものはタピオカそのものなり!」

 

いかにも支離滅裂な発言であるが、大河氏はその勢いに押されて同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくしてタピオカと2人をめぐる葛藤の物語の門は開く。

 

 

 

 

続く